「比喩」「直喩」「隠喩」「擬人法」はどう違う? たとえの種類を小学校でどこまで教えるか

「比喩」「直喩」「隠喩」「擬人法」はどう違う? たとえの種類を小学校でどこまで教えるか 授業づくり

「にじ色のゼリーのようなくらげ」。2年生の「スイミー」に出てくる、子どもたちが大好きな表現です。音読すると、教室に、ゆらゆらとすきとおったくらげの姿がうかびます。

こうした「たとえ」の表現は、物語にも詩にも、たくさん出てきます。そして、高学年になると、「比喩」「直喩」「隠喩」「擬人法」といった言葉で、表現の工夫を学ぶようになります。

でも、それぞれの違いを、すっと説明できるでしょうか。「〜のような」があるのが直喩で、ないのが隠喩。擬人法は、人でないものを人にたとえる。言葉では知っていても、教材の中で見分けようとすると、迷うこともあります。

この記事では、たとえの表現に関わる言葉の定義を整理し、小学校でどこまで、どのように教えるかを考えます。

それぞれの言葉の定義

「比喩」とは

比喩は、ある物事を、それと似ている別の物事にたとえて表すことです。

「たとえ」と言いかえることもできます。伝えたいものを、そのまま説明するのではなく、似ている別のものを持ち出して表す。そうすることで、読み手は、伝えたいものの様子や感じを、ありありと思いうかべることができます。

比喩は、たとえの表現をまとめた大きな言葉です。その中に、直喩、隠喩、擬人法などの種類があります。

「直喩」とは

直喩は、「ような」「みたいな」「ごとく」などの言葉を使って、たとえていることをはっきり示す比喩です。「明喩」とも言います。

「にじ色のゼリーのようなくらげ」「雪のように白い」「りんごみたいに赤いほっぺ」。たとえる言葉(ゼリー、雪、りんご)と、たとえられるもの(くらげ、白さ、ほっぺ)が、「ような」「みたいな」でつながっています。

直喩は、たとえであることがはっきり分かるので、子どもにとって、いちばん見つけやすい比喩です。

「隠喩」とは

隠喩は、「ような」などの言葉を使わずに、たとえていることを隠して表す比喩です。「暗喩」とも言います。

「きみは、わたしの太陽だ」「人生は旅だ」「時は金なり」。「ような」がないので、文字どおりに読むと、おかしな文になります。「きみ」は人間なので、太陽ではありません。でも、読み手は、「きみ」が太陽のように、明るく、あたたかく、なくてはならない存在なのだと受け取ります。

隠喩は、直喩よりも、たとえる言葉とたとえられるものが強く結びつきます。「太陽のような人だ」と言うより、「太陽だ」と言い切るほうが、印象が強くなります。その分、たとえであることに気づきにくいので、子どもにとっては、直喩より難しい比喩です。

「擬人法」とは

擬人法は、人でないものを、人であるかのように表す比喩です。

「風がささやく」「花がわらう」「星がまばたきをする」「太陽がにっこりほほえんだ」。ささやく、わらう、まばたきをする、ほほえむ。どれも、本来は人がすることです。それを、風や花、星、太陽がしているように書く。これが擬人法です。

擬人法も比喩の一つです。人でないものを、人にたとえて表しているからです。

そのほかの「表現の工夫」

比喩以外にも、物語や詩には、さまざまな表現の工夫があります。たとえの表現と一緒に学ぶことが多いので、整理しておきます。

  • 擬声語(擬音語):ものの音や、動物の鳴き声をまねて表す言葉。「ザーザー」「ワンワン」「ドンドン」
  • 擬態語:ものの様子や状態を、音のような言葉で表す言葉。「きらきら」「ふわふわ」「のろのろ」
  • 反復:同じ言葉や表現をくり返して、印象を強める。「一つだけ、一つだけ」
  • 倒置:ふつうの言葉の順番を入れかえて、強調する。「行こう、あの山へ」
  • 体言止め:文の終わりを、名詞(体言)で止めて、余韻を残す。「見上げると、満天の星。」

擬声語と擬態語は、まとめて「オノマトペ」と呼ばれることもあります。

並べてみると

言葉 ひと言でいうと 見分ける手がかり 例
比喩 似ている別のものにたとえて表す (大きなまとまり) ―
直喩 「ような」などでたとえを示す 「ような」「みたいな」「ごとく」がある 雪のように白い
隠喩 「ような」を使わずにたとえる 文字どおりに読むとおかしい きみは、わたしの太陽だ
擬人法 人でないものを人のように表す 人がする動作や気持ちを、人でないものがしている 風がささやく

比喩という大きな言葉の中に、直喩、隠喩、擬人法がある。この関係を押さえておくと、子どもに説明するときに迷いません。

学習指導要領ではどう扱われているか

小学校の学習指導要領(平成29年告示)の国語では、第5学年及び第6学年の「知識及び技能」に、「比喩や反復などの表現の工夫に気付くこと」が示されています。

つまり、「比喩」という言葉を使って、表現の工夫として学ぶのは、高学年からです。ただし、たとえの表現そのものは、低学年の物語や詩にもたくさん出てきます。「スイミー」の「〜のような」の表現、詩の中の擬人法。低学年や中学年では、言葉の名前を覚えることよりも、たとえの表現のおもしろさを感じることを大事にし、高学年で、それを「比喩」という言葉で整理する。そういう流れで考えるとよいと思います。

教材で考えてみる

「スイミー」のたとえ

「スイミー」には、海の中で出会う生き物が、さまざまなたとえで描かれています。「にじ色のゼリーのようなくらげ」「水中ブルドーザーみたいないせえび」。

どれも直喩です。「ような」「みたいな」でたとえていることが分かるので、2年生でも見つけることができます。そして、ゼリー、ブルドーザーといった、子どもが知っているものにたとえているので、見たことのない海の生き物の様子が、ありありと思いうかびます。

授業では、たとえの表現を見つけるだけでなく、「ゼリーのようなくらげって、どんなくらげかな」と問い、絵にかいたり、動作で表したりすると、たとえの効果を体で感じることができます。「スイミー」の読み方については、「『スイミー』の教材研究」にも書いています。

詩の擬人法

詩には、擬人法がよく使われます。木や花、風、雲、月など、自然のものが、人のように話したり、笑ったり、泣いたりします。

詩の授業では、擬人法を見つけたら、「どうして作者は、風が『ささやく』と書いたのだろう」「『ふく』と書くのと、何が違うだろう」と問います。ふつうの言葉と比べることで、擬人法を使うと、自然のものに心があるように感じられ、読み手がそのものに親しみをもつことに気づいていきます。

物語の中の隠喩

高学年の物語には、隠喩が使われていることもあります。隠喩は、たとえであることに気づきにくいので、読み過ごしてしまうことがあります。

そこで、「文字どおりに読むと、おかしなところはないかな」と問うと、子どもは隠喩に気づき始めます。そして、「なぜ、『ような』を使わずに書いたのだろう」と考えると、隠喩の強さや、作者のこめた思いが見えてきます。

たとえの表現を見つけて、効果を考える

たとえの表現の学習で大事なのは、見つけて、名前をつけて、終わりにしないことです。

「これは直喩です」「これは擬人法です」と分類するだけでは、表現の工夫に気づいたことにはなりません。大事なのは、そのたとえによって、どんな感じが生まれているかを考えることです。

そのために、おすすめしたいのが、たとえを使わない文と比べることです。

  • 「にじ色のゼリーのようなくらげ」と「すきとおった色のくらげ」
  • 「風がささやく」と「風がしずかにふく」
  • 「きみは、わたしの太陽だ」と「きみは、わたしにとって大切な人だ」

比べると、たとえの表現のほうが、様子が目にうかびやすかったり、気持ちが強く伝わったりすることが分かります。こうして、たとえの効果を自分の言葉で説明できるようになることが、「表現の工夫に気付く」ということだと思います。

日常の言葉の中のたとえ

たとえの表現は、物語や詩の中だけのものではありません。ふだん使っている言葉の中にも、たとえはたくさんかくれています。

たとえば、慣用句。「ねこの手も借りたい」「すずめのなみだ」「顔が広い」「手を焼く」。どれも、文字どおりの意味ではなく、たとえとして使われています。ねこの手を本当に借りたいわけではなく、それほど忙しい、という意味です。ことわざの中にも、「ちりも積もれば山となる」「石の上にも三年」のように、たとえを使ったものがたくさんあります。慣用句やことわざの学習については、「ことわざ・慣用句・故事成語を楽しく覚える授業」にも書いています。

また、ふだんの会話でも、「頭が真っ白になった」「胸がいっぱいになった」のような、たとえの表現をよく使います。こうした言葉は、あまりにも身近なので、たとえだと気づかずに使っていることがほとんどです。

授業で、「ふだん使っている言葉の中から、たとえを探してみよう」と問うと、子どもは、自分たちが毎日たとえを使っていることに気づいて、おもしろがります。たとえの表現が、特別な文章のためのものではなく、自分たちの言葉の一部だと分かると、物語や詩の比喩にも、親しみをもって向き合えるようになります。

説明文の中のたとえ

物語や詩だけでなく、説明文にも、たとえの表現が使われることがあります。

説明文の筆者は、読み手が知らないことを分かってもらうために、読み手が知っているものにたとえて説明することがあります。「〇〇は、大きさがちょうど野球のボールくらいです」「〇〇のしくみは、ポンプのようなはたらきをしています」。

この場合のたとえは、物語のように感じを豊かにするためではなく、分かりやすく説明するために使われています。同じたとえでも、文章の種類によって、役割が違うのです。高学年では、「この説明文で、筆者はなぜこのたとえを使ったのだろう」と問うと、筆者の説明の工夫に目を向けることができます。

書くことにつなげる

たとえの表現は、読むだけでなく、書くことでも使ってみると、ぐっと身につきます。

直喩をつくる

まず、身近なものを、直喩でたとえる練習から始めます。「雲は、〇〇のようだ」「わたしの消しゴムは、〇〇みたいだ」。子どもは、思いもよらないたとえを出してきます。「雲は、わたあめのようだ」「雲は、ひつじの群れのようだ」。友達のたとえを聞くと、同じものでも、見方によっていろいろなたとえができることに気づきます。

擬人法で詩を書く

次に、擬人法を使って、短い詩を書きます。教室にあるもの、たとえば、黒板消し、えんぴつ、上ばきなどを選んで、そのものになりきって書きます。「ぼくは黒板消し。毎日、チョークの粉をあびて、まっしろになる。」ものの気持ちを想像して書くことで、擬人法のおもしろさを実感できます。

作文の中で使う

作文の中でも、たとえを一つ使ってみよう、と声をかけると、文章がいきいきしてきます。「運動会のリレーで、心臓がドキドキした」を、「運動会のリレーで、心臓が、太鼓のようにドンドン鳴った」と書きかえる。たった一つのたとえで、そのときの気持ちが、読み手にありありと伝わります。

よくある質問

低学年で「比喩」「直喩」という言葉を教えてもいいですか?

低学年では、言葉の名前よりも、「〜のような」を使ったたとえのおもしろさを感じることを大事にしたいところです。「たとえ」という言葉で十分です。「比喩」「直喩」「隠喩」という言葉は、高学年で、表現の工夫を整理するときに使うとよいと思います。

擬人法は、直喩や隠喩と同時に使われることもありますか?

あります。たとえば、「月が、やさしいお母さんのように、町を見守っている」という文は、月を人のように表している(擬人法)と同時に、「ような」を使ってお母さんにたとえています(直喩)。比喩の種類は、きっぱり分かれるものばかりではありません。分類にこだわりすぎず、どんな感じが生まれているかを考えることを大事にしてください。

オノマトペ(擬声語・擬態語)は、比喩に入りますか?

ふつうは、比喩とは別の表現の工夫として扱います。オノマトペは、音や様子を、音のような言葉で表すもので、別のものにたとえているわけではないからです。ただ、物語や詩の中で、比喩と一緒に使われて、様子をいきいきと表すことが多いので、たとえの表現と一緒に学ぶとよいと思います。

たとえの表現は、テストでどう問えばいいですか?

「〜のような」を見つけさせる問題だけでなく、「このたとえから、どんな様子が分かりますか」「このたとえを使ったことで、どんな感じが生まれていますか」と、効果を問う問題を入れるとよいと思います。たとえを見つける力は知識・技能、効果を説明する力は思考・判断・表現として見ることができます。

まとめ

比喩は、ある物事を、似ている別の物事にたとえて表すこと。たとえの表現をまとめた大きな言葉。
直喩は、「ような」「みたいな」などを使って、たとえであることを示す比喩。
隠喩は、「ような」などを使わずに、たとえを隠して表す比喩。
擬人法は、人でないものを、人であるかのように表す比喩。

たとえの表現は、見つけて名前をつけることがゴールではありません。たとえを使わない文と比べて、どんな感じが生まれているかを考える。そして、自分でも使ってみる。そうすることで、子どもは、言葉の力を、読み手としても、書き手としても、実感できるようになります。景色に心情を重ねる表現については、「『情景』『様子』『風景』はどう違う?」にまとめています。

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