「事実と意見を区別しましょう」。国語の授業でよく出てくる言葉です。新聞を読む学習、説明文を読む学習、意見文を書く学習。高学年になると、何度も出てきます。
ところが、子どもに「事実と意見の違いは?」と聞くと、「『〜と思う』がついていたら意見」と答えることがよくあります。たしかに、それは一つの目安です。でも、「〜と思う」がなくても意見のこともあるし、「〜と思う」がついていても感想のこともあります。
そもそも、「意見」と「感想」は、どう違うのでしょうか。この記事では、「事実」「意見」「感想」の定義を整理し、子どもの文章の中で三つが混ざってしまう理由と、区別する力を育てる授業の工夫を考えます。
それぞれの言葉の定義
「事実」とは
事実は、実際にあったこと、または、本当かどうかを確かめることができることです。
「昨日は雨がふった」「この学校には、児童が300人いる」「日本でいちばん高い山は富士山だ」。これらは事実です。調べたり、測ったり、記録を見たりすれば、本当かどうかを確かめることができます。
ここで大事なのは、事実は「正しいこと」とは限らないという点です。「この学校には、児童が500人いる」という文も、事実を述べようとしている文です。ただ、確かめると、まちがっていることが分かります。つまり、事実を述べる文は、確かめた結果、正しいこともあれば、まちがっていることもあります。それでも、確かめることができるという点で、事実を述べる文だと言えます。
「意見」とは
意見は、ある事柄について、自分はこう考える、こうするべきだ、という考えや判断を述べたものです。
「学校の休み時間は、もっと長くするべきだ」「給食は残さず食べたほうがよい」「この物語でいちばん大切な場面は、最後の場面だ」。これらは意見です。
意見の特徴は、ほかの人が、賛成したり反対したりできることです。「休み時間を長くするべきだ」という意見には、「賛成。遊ぶ時間がほしい」という人もいれば、「反対。授業の時間が減ってしまう」という人もいます。意見は、人によって違ってよいものです。
だからこそ、意見を述べるときには、理由や根拠が必要になります。なぜそう考えるのかを示さないと、ほかの人は賛成も反対もしにくいからです。
「感想」とは
感想は、見たり、聞いたり、読んだり、経験したりして、心に感じたことです。
「この本はおもしろかった」「運動会の練習は大変だった」「夕焼けがきれいだった」。これらは感想です。
感想の特徴は、その人がそう感じた、ということ自体は、ほかの人が否定できないことです。「この本はおもしろかった」と言う人に、「いや、おもしろくない」と言っても、その人がおもしろいと感じたことは変わりません。感想は、賛成や反対をするものではなく、受け止めるものです。
並べてみると
| 言葉 | ひと言でいうと | 確かめられるか | 賛成・反対できるか | 例 |
|---|---|---|---|---|
| 事実 | 実際にあったこと、確かめられること | できる | ―(正しいかどうかを確かめる) | 昨日は雨がふった |
| 意見 | 自分はこう考える、こうするべきだ | できない | できる | 休み時間を長くするべきだ |
| 感想 | 心に感じたこと | できない | できない(受け止める) | この本はおもしろかった |
三つを見分けるときの問いは、二つです。
- 確かめられるか? → 確かめられるなら事実
- 賛成・反対できるか? → できるなら意見、できない(その人の感じ方)なら感想
「〜と思う」で見分けてはいけない理由
子どもがよく使う「『〜と思う』がついていたら意見」という見分け方は、なぜ十分ではないのでしょうか。例で考えてみます。
- 「この本は、とてもおもしろかったと思う」
- 「明日は雨がふると思う」
- 「ごみは分別して出すべきだ」
一つ目は「〜と思う」がついていますが、中身は感想です。本を読んで心に感じたことを述べています。
二つ目も「〜と思う」がついていますが、これは意見でも感想でもなく、推測です。まだ起きていないことを予想しています。明日になれば、本当にふったかどうかを確かめることができます。
三つ目は「〜と思う」がついていませんが、意見です。「〜べきだ」という形で、自分の考えを述べています。
このように、文末の形だけで見分けようとすると、まちがえてしまいます。文末は手がかりの一つにはなりますが、大事なのは、その文が何を述べているのかという中身です。
学習指導要領ではどう扱われているか
小学校の学習指導要領(平成29年告示)の国語では、高学年で、事実と意見、感想を区別することが、読むことと書くことの両方で示されています。
読むことでは、第5学年及び第6学年で「事実と感想、意見などとの関係を叙述を基に押さえ、文章全体の構成を捉えて要旨を把握すること」。
書くことでは、第5学年及び第6学年で「目的や意図に応じて簡単に書いたり詳しく書いたりするとともに、事実と感想、意見とを区別して書いたりするなど、自分の考えが伝わるように書き表し方を工夫すること」。
読むときは、筆者が書いていることのうち、どこが事実で、どこが筆者の意見や感想なのかを区別して読む。書くときは、自分が書くことのうち、どこが事実で、どこが自分の意見や感想なのかを区別して書く。読むことと書くことが、同じ考え方でつながっているわけです。
子どもの文章で三つが混ざる理由
感想と意見の区別がついていない
子どもの意見文でよくあるのが、意見を書くはずのところに、感想を書いてしまうことです。
「わたしは、図書室の本をもっと増やしてほしいです。図書室に行くと、楽しい気持ちになるからです。」
一文目は意見ですが、理由の部分が感想になっています。「楽しい気持ちになる」のは、その子がそう感じることで、ほかの人を説得する理由としては弱いのです。
これを、「図書室の本を借りる人は、去年より増えています。でも、人気のある本はいつも貸し出し中で、借りたくても借りられない人がいます」のように、事実を理由にすると、意見に説得力が出てきます。
事実と意見がひとつの文に入っている
「今年の夏はとても暑かったので、エアコンをもっと使うべきだ」。
この文には、事実(今年の夏は暑かった)と意見(エアコンをもっと使うべきだ)が、一つの文に入っています。しかも、「とても暑かった」は、気温を測れば確かめられる事実のようでいて、「とても」という感じ方も混ざっています。
こうした文は、日常会話では自然ですが、意見文では、事実と意見を分けて書いたほうが伝わりやすくなります。「今年の7月の平均気温は、去年より2度高かった(事実)。だから、教室のエアコンをもっと使うべきだ(意見)」。
事実だと思っていることが、実は意見
子どもが「事実」として書いていることが、実は意見や感想であることもあります。
「サッカーは、いちばん楽しいスポーツだ」。子どもにとっては当たり前のことかもしれませんが、これは意見です。ほかの人は「野球のほうが楽しい」と反対できます。
「みんなが言っている」「本に書いてあった」ことも、それだけで事実になるわけではありません。本に書いてある意見は、筆者の意見です。事実かどうかは、確かめられるかどうかで判断します。
区別する力を育てる授業
1. 三色で線を引く
文章を読むときに、事実には青、意見には赤、感想には緑、のように、色を分けて線を引かせます。
はじめは、短い文章で練習します。新聞の投書欄や、短い意見文がちょうどよい教材です。線を引いたあとに、「どうしてこれは事実だと思ったの?」「これは意見?感想?」と話し合うと、子どもは見分けるときの問い(確かめられるか、賛成・反対できるか)を、自分たちで見つけていきます。
2. 同じ出来事を、三つの文で書く
一つの出来事について、事実の文、意見の文、感想の文を、それぞれ書かせる活動も効果的です。
たとえば、「運動会」なら、次のようになります。
- 事実:運動会は、10月の第2土曜日に行われた。
- 感想:リレーで最後に追いぬいたとき、すごくうれしかった。
- 意見:運動会の練習時間は、もう少し短くしたほうがよい。
書き分けることで、子どもは三つの違いを、自分の言葉で実感できます。
3. 意見の理由を、事実にしてみる
意見文を書く学習では、理由を書いたあとに、「その理由は、事実?感想?」と確かめさせます。
理由が感想になっていたら、「その感想のもとになった事実はないかな」と問います。「楽しい気持ちになる」なら、「どんなときに楽しい気持ちになるの?」「ほかの人も同じかな? どうやったら確かめられる?」。こうした問いを通して、子どもは、感想を事実に置きかえる練習をしていきます。
4. 新聞を読む
新聞は、事実と意見の区別を学ぶのに、とてもよい教材です。ニュースの記事は主に事実を伝え、社説やコラム、投書は意見を述べています。同じ出来事について、ニュース記事と社説を読み比べると、事実と意見の違いがはっきり見えてきます。
説明文の中の「筆者の意見」を見つける
説明文は、事実を説明する文章だと思われがちです。でも、高学年の説明文や論説文には、筆者の意見がはっきり書かれています。そして多くの場合、筆者は事実をいくつも挙げたうえで、最後に自分の意見を述べています。
授業では、まず、筆者の意見が書かれている文を探させます。「〜べきだ」「〜が大切だ」「〜と考える」といった文末が手がかりになります。次に、その意見を支えている事実がどこに書かれているかを探します。
この二つが見つかると、子どもは文章の組み立てが見えるようになります。「筆者は、この事実とこの事実をもとに、この意見を言っているんだ」。そして、「この事実だけで、この意見が言えるのかな」「ほかの事実はないのかな」と、筆者の意見を吟味する読みに進むことができます。
話し合いでの事実と意見
事実・意見・感想の区別は、書くことや読むことだけでなく、話し合いでも役に立ちます。
学級会で話し合っていると、感想と意見が混ざって、話がかみ合わなくなることがあります。「わたしは楽しいと思うから、ドッジボールがいいです」「ぼくは楽しくないと思います」。これでは、感想どうしのぶつかり合いになってしまい、決まりません。
そこで、司会の子に、「その理由は、事実ですか、感想ですか」と問いかける練習をしてもらいます。あるいは、先生が「みんなが楽しめるかどうかを確かめるには、どうしたらいいかな」と問います。すると、「アンケートをとってみよう」「去年のお楽しみ会で人気だったものを調べよう」と、事実をもとに考える方向に話し合いが進んでいきます。
書いた文章を見直すとき
文章を書き終えたあとの見直しでも、事実・意見・感想の区別は役に立ちます。
自分の文章を読み返して、それぞれの文が事実・意見・感想のどれかを確かめる。意見文なのに感想ばかりになっていないか、報告文なのに意見が混ざっていないか。文章の種類によって、三つの割合は変わります。その割合が、文章の目的に合っているかを確かめるのは、推敲の大事な観点の一つです。書き直しの考え方については、「『推敲』『校正』『清書』はどう違う?」にまとめています。
よくある質問
低学年でも、事実と意見の区別を教えられますか?
「事実」「意見」という言葉を使わなくても、「本当にあったこと」と「思ったこと」を分ける練習はできます。日記を書くときに、「あったこと」と「思ったこと」を分けて書かせるだけでも、区別の芽が育ちます。
物語の感想文にも、事実と意見の区別は必要ですか?
物語の感想文では、「本に書いてあること」と「自分が感じたこと・考えたこと」を区別することが大事です。あらすじ(本に書いてあること)だけで終わらず、自分の感想や考えを書く。さらに、「この場面で主人公がこうしたのは、まちがっていると思う。なぜなら……」のように、意見を書くこともできます。
「推測」は、どう扱えばいいですか?
推測は、まだ確かめられていないことを予想するものです。事実でも意見でもありませんが、説明文や理科の学習では大事な役割をもっています。「〜だろう」「〜かもしれない」という言葉に注目させて、「これは推測だね。確かめるにはどうしたらいいかな」と問うと、子どもは事実と推測の違いにも気づいていきます。
インターネットの情報も、事実と意見に分けて読めますか?
分けて読めますし、むしろ分けて読む練習が大事な場面です。インターネットには、事実を伝える記事と、個人の意見や感想が、同じように並んでいます。しかも、意見や感想が、事実のような書き方で書かれていることもあります。調べ学習でインターネットを使うときは、「これは誰が書いたものか」「確かめられることか」「ほかの資料にも同じことが書いてあるか」を確かめる習慣をつけさせたいところです。三色の線を引く練習は、こうした情報を読む力の土台になります。
まとめ
事実は、実際にあったこと、または本当かどうかを確かめられること。
意見は、ある事柄について、自分はこう考える、こうするべきだ、という考えや判断。ほかの人が賛成・反対できる。
感想は、見たり聞いたり経験したりして、心に感じたこと。ほかの人が否定できない、その人の感じ方。
見分けるときの問いは、「確かめられるか」と「賛成・反対できるか」の二つです。「〜と思う」という文末だけで見分けると、まちがえてしまいます。
事実・意見・感想を区別する力は、文章を読むときにも、書くときにも、そして毎日たくさんの情報にふれる子どもたちが、情報をうのみにしないためにも、大事な力です。新聞の投書を一つ、三色の線で分けてみるところから始めてみてください。


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