秋は、教育実習の季節です。
この記事を読んでくださっている学生さんの中には、もうすぐ実習が始まる人、今まさに実習の真っ最中の人もいるかもしれません。「授業なんてできるのかな」「子どもたちと仲良くなれるかな」「指導の先生がこわかったらどうしよう」。そんな気持ちで、夜なかなか眠れずにいる人もいるのではないでしょうか。
私も、かつては実習生でした。そして今は、実習生を受け入れる側に立っています。
先に、私が今感じていることを書きます。完璧な実習生はいません。 そして、受け入れる側になってみて気づいたのは、私が見ていたのは「うまくできるかどうか」よりも、「子どもや私と一緒に考えようとしてくれるかどうか」だった、ということです。
この記事は、何かを教えるためのものではありません。実習を前にした方の気持ちが、少しでも軽くなればと思って、受け入れる側から見えている景色を書いてみます。
不安になるところは、だいたいみんな同じ
「授業ができるか」と「子どもとうまく関われるか」
教育実習生の不安について調べた研究はいくつもあります。そこでは、実習生の不安は大きく「授業がうまくできるか」と「子どもとうまく関われるか」の2つに分かれる、とされています。そして、実習が終わるころには、その不安は下がっていくそうです。
つまり、今あなたが感じている不安は、ほとんどの実習生が同じように感じているものです。そして多くの場合、実習の中で少しずつ小さくなっていきます。
不安があるのは、準備ができていないからではありません。子どもたちの前に立つことを、真剣に考えているからだと思います。
指導案が何度も書き直しになるのは、普通のこと
実習生の体験記を読むと、「指導案を練り直すうちに、最初とまったく別のものになった」という声がよく出てきます。
指導案が何度も戻ってくると、「自分はだめなんだ」と感じてしまうかもしれません。でも、それはどの実習生にも起きることです。現場の教員だって、研究授業の指導案は何度も何度も書き直します。私もそうです。
書き直しが多いのは、それだけ授業が良くなっているということでもあります。
受け入れる側になって、気づいたこと
ここからは、受け入れる側になって私が感じていることを書きます。もちろん、指導の先生によって考え方はいろいろです。あくまで一人の教員の感じ方として読んでください。
授業がうまくいくことは、それほど求めていない
実習生の授業を見ていて、「うまくいったかどうか」はそれほど気にしていません。そもそも、数回の授業で、何年も教えている教員と同じように進められるはずがないのです。私も1年目は、うまくいかない授業ばかりでした。
それよりも見ているのは、授業のあとです。
- うまくいかなかったところを、自分で振り返ろうとしているか
- 子どもの反応を思い出して、「あのとき、こうすればよかったかも」と考えているか
- 次の授業で、何か一つでも変えてみようとしているか
授業は、うまくいかなくて当たり前です。大切なのは、そのあとに何を考えるかだと思っています。
質問してもらえると、うれしい
受け入れる側として、実はいちばんうれしいのは、質問してもらえることです。
「この場面で、子どもにどう声をかければよかったでしょうか」
「この単元のねらいが、まだよく分かっていません」
「先生は、どうしてあのときあの子にああいう声をかけたんですか」
質問されると、「この人は、ちゃんと考えているんだな」と分かります。そして、こちらも一緒に考えることができます。
逆に、質問がまったくないと、実習生が何に困っているのかが分からず、こちらも手を差し伸べにくくなります。忙しそうに見えても、遠慮はいりません。「今、少しだけいいですか」と声をかけてもらえれば、たいていの教員は喜んで時間をつくると思います。
子どもの名前を覚えようとしている姿は、ちゃんと見えている
実習の最初の数日で、子どもの名前を覚えようとしている実習生がいます。休み時間に一人ひとりに話しかけたり、名簿を見ながら顔と名前を一致させようとしたり。
そういう姿は、受け入れる側からもちゃんと見えています。そして、子どもたちにも伝わっています。名前を呼ばれた子は、うれしそうな顔をします。
子どもとの関係は、授業の上手さよりも、こうした小さな積み重ねでできていくものだと、私は思っています。
指導案の書き込みは、ダメ出しではなく「一緒に考えた跡」
指導案に、たくさんの書き込みをして返すことがあります。赤いペンでびっしり書かれた指導案を見ると、落ち込んでしまうかもしれません。
でも、あの書き込みは、ダメ出しのつもりで書いているわけではありません。「ここで子どもはどう考えるかな」「この発問だと、こう答える子もいそうだな」と、こちらも一緒に授業を想像しながら書いています。
書き込みが多いのは、それだけその授業について一緒に考えた、ということです。どうか、自分を否定されたとは受け取らないでください。
実習中に困りやすい場面と、私が思うこと
夜遅くまで指導案を書いてしまうとき
実習中は、指導案や教材研究で、夜遅くまで起きている人が多いと聞きます。中には、睡眠時間を大きく削ってしまう人もいるようです。
その気持ちはよく分かります。でも、受け入れる側としては、眠ってほしいと思っています。疲れたまま教室に立つと、表情がかたくなり、子どもの小さな反応にも気づきにくくなります。
もし指導案が終わらないときは、「ここまでしかできませんでした」と正直に伝えてもらえれば大丈夫です。一緒に続きを考えます。完璧な指導案より、元気な顔で子どもたちの前に立ってもらえるほうが、ずっとうれしいです。
子どもとの距離がつかめないとき
実習生は、子どもたちにとって「年の近いお兄さん、お姉さん」のような存在です。すぐに仲良くなれる一方で、授業中に注意をしたら「えー」という空気になって戸惑う、という話もよく聞きます。
これは、実習生だけでなく、1年目の教員もみんな通る道です。私もそうでした。
楽しく関わることと、けじめをつけること。その両方を、たった数週間で身につけるのは難しいことです。うまくいかなくても、気にしすぎなくて大丈夫です。迷ったときは、担任の先生がどうしているかを見てみたり、「こういうとき、どうしていますか」と聞いてみたりしてください。
実習ノートに何を書けばいいか分からないとき
実習ノート(実習日誌)に何を書けばいいのか分からない、という声もよく聞きます。
私が読んでいて助かるのは、「その日あったこと」と「自分が考えたこと」が分けて書いてあるノートです。「〇時間目の算数で、〇〇という発問をしたら、子どもたちから〇〇という意見が出た」という事実と、「次は〇〇してみたい」という気づき。それが分かると、こちらもコメントが書きやすくなります。
上手な文章である必要はまったくありません。その日の子どもの姿を、自分の言葉で書いてもらえれば十分です。
授業がうまくいかなかった日
授業が思うようにいかなかった日は、落ち込むと思います。子どもたちが話を聞いてくれなかった、時間が足りなくなった、予想していなかった答えに戸惑った。
でも、受け入れる側から見ると、そういう日こそ大切な一日です。うまくいかなかったからこそ、振り返ることがたくさんあります。そして、振り返りの時間に一緒に話すことで、実習生の表情がふっと変わる瞬間があります。
うまくいかなかった日は、一人で抱え込まずに、そのまま話してください。
実習のあとに残るもの
子どもたちと過ごした時間は、ちゃんと残る
実習の最後の日、子どもたちが手紙を書いてくれたり、「また来てね」と声をかけてくれたりすることがあります。
数週間という短い時間でも、子どもたちにとって実習生は特別な存在です。一生懸命に授業を考えてくれた先生のことを、子どもたちはちゃんと覚えています。
大学の実習報告を読むと、大変さと同じくらい、「授業が楽しかった」「子どもと向き合う楽しさを知った」という声がたくさん出てきます。実習が終わったとき、あなたの中にも、そんな気持ちが残っていたらいいなと思います。
先生にならない道を選んでも、実習は無駄にならない
実習を終えて、「やっぱり先生になりたい」と思う人もいれば、「自分には違う道が合っているかもしれない」と感じる人もいると思います。
どちらも、大切な答えです。
教員にならない道を選んだとしても、子どもたちの前に立ち、授業を考え、うまくいかない日を乗り越えた経験は、きっとどこかで役に立ちます。実習は、教員になるための試験ではありません。自分のこれからを考えるための、大切な時間です。
おわりに
教育実習は、こわくて当たり前です。私もそうでしたし、今受け入れる側に立っていても、実習生の緊張した顔を見ると、自分のことのように思い出します。
完璧でなくて大丈夫です。分からないことは聞いてください。眠れるときは眠ってください。そして、子どもたちと過ごす時間を、少しでも楽しんでもらえたらうれしいです。
いつか、同じ職員室で一緒に働ける日が来たら、それ以上にうれしいことはありません。
参考にした資料
- 教育実習生の不安に関する先行研究の整理(大学紀要)
- 各大学が公開している教育実習の報告・体験記


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