「主体的・対話的で深い学び」。今の学習指導要領のキーワードとして、研修でも指導案でも、何度も目にする言葉です。
では、「主体的」とはどういう意味でしょうか。「子どもが自分から進んでやること」と答える先生が多いと思います。私もはじめはそう思っていました。でも、それだと「自主的」や「自発的」と何が違うのか、説明できません。
三つの言葉は、日常ではほとんど同じ意味で使われます。でも、学校で「主体的な学び」と言うときには、はっきりした中身があります。この記事では、三つの言葉の定義を整理して、「主体的な学び」とは何かを、言葉の意味から読み直してみます。
三つの言葉の定義
「自発的」とは
自発的は、人に言われたからではなく、自分の内側から自然にわき出てくる気持ちで行うことです。
休み時間に、誰にも言われていないのに図鑑を開いて虫の名前を調べている子。授業で習ったことが気になって、家で同じ実験をやってみた子。こうした行動は自発的です。
自発的の中心にあるのは、「やりたい」という気持ちです。何をするか、なぜするかを深く考えているわけではなく、興味や関心に引っぱられて、気づいたら動いている。そんなイメージです。
「自主的」とは
自主的は、やるべきことを、人に言われる前に、自分から進んで行うことです。
先生に言われる前に宿題を終わらせる。当番の仕事を、声をかけられなくても始める。給食の準備を、自分たちで声をかけ合って進める。こうした行動は自主的です。
自主的のポイントは、やることそのものは、すでに決まっているという点です。宿題も当番も給食の準備も、やることは先生や学校が決めています。そのうえで、言われる前に自分から動くのが自主的です。
「主体的」とは
主体的は、自分の考えや判断にもとづいて、目的をもち、やり方を選び、その結果に責任をもって行うことです。
自主的との違いは、「何を」「どうやって」「何のために」を自分で考えるかどうかにあります。自主的な子は、決まったことを進んでやります。主体的な子は、そもそも何をすればいいのか、どうやればいいのか、それは何のためなのかを、自分で考えて動きます。
たとえば、学級会で「クラスのお楽しみ会を開く」ことが決まったとします。先生に言われる前に準備を始める子は自主的です。「みんなが楽しめる会にするために、何をしたらいいか」を考え、アンケートを取ろうと提案し、結果をもとに内容を決めていく子は主体的です。
並べてみると
| 言葉 | ひと言でいうと | 何をするかを決めるのは | 例 |
|---|---|---|---|
| 自発的 | 内からわき出る気持ちで動く | 自分(興味・関心) | 気になって図鑑を調べる |
| 自主的 | 決まったことを、言われる前にやる | 周り(先生・学校) | 言われる前に宿題をする |
| 主体的 | 目的をもち、やり方を選び、責任をもって行う | 自分(考え・判断) | 目的を考えて活動を提案する |
表にすると、違いは「何をするか」を誰が決めるか、そして「なぜするか」を自分で考えているかにあることが分かります。
三つは、どれがよくてどれが悪い、というものではありません。自発的な興味は学びの出発点になりますし、自主的に動ける力は学校生活を支えます。ただ、学校で「主体的な学び」と言うときには、三つ目の意味、つまり目的とやり方を自分で考える、という中身が大事にされています。
「主体的な学び」の中身
中央教育審議会の答申での説明
今の学習指導要領のもとになった平成28年(2016年)の中央教育審議会の答申では、「主体的な学び」について、次のような視点が示されています。
「学ぶことに興味や関心を持ち、自己のキャリア形成の方向性と関連付けながら、見通しを持って粘り強く取り組み、自己の学習活動を振り返って次につなげる『主体的な学び』が実現できているか」
この一文には、いくつかの要素が入っています。分けてみると、こうなります。
- 学ぶことに興味や関心をもつ
- 自分の将来や生き方と関連づける
- 見通しをもつ
- 粘り強く取り組む
- 自分の学習を振り返って、次につなげる
一つ目の「興味や関心をもつ」は、自発的に近い部分です。でも、主体的な学びはそこで終わりません。見通しをもち、粘り強く取り組み、振り返って次につなげる。つまり、学びの最初から最後までを、自分で見通し、調整していくことが、主体的な学びの中身だと言えます。
「自分からやる」だけでは足りない理由
「主体的=自分からやる」と考えると、授業が「子どもにやる気を出させる工夫」だけになりがちです。興味を引く導入をして、子どもが手を挙げて、楽しそうに活動していれば、主体的な学びができている。そう思ってしまうのです。
でも、答申の説明を見ると、主体的な学びには「見通しをもつ」「振り返って次につなげる」という部分があります。導入で興味を引くだけでは、ここまでは届きません。
たとえば、楽しそうに実験をしていても、何を確かめるための実験なのかが分かっていなければ、見通しはもてていません。授業の最後に「楽しかった」と書いて終わるだけなら、振り返りが次につながっていません。こうした授業は、自発的ではあっても、主体的とは言いにくいのです。
評価の観点「主体的に学習に取り組む態度」
学校で「主体的」という言葉が出てくるもう一つの場面が、評価の観点です。今の学習評価の三つの観点の一つに、「主体的に学習に取り組む態度」があります。
国立教育政策研究所の「『指導と評価の一体化』のための学習評価に関する参考資料」では、この観点について、二つの側面から評価することが示されています。
一つは、知識及び技能を獲得したり、思考力・判断力・表現力等を身につけたりすることに向けた粘り強い取組を行おうとする側面。もう一つは、その粘り強い取組を行う中で、自らの学習を調整しようとする側面です。
ここでも、「手を挙げた回数」や「ノートをきれいに書いているか」のような、表に出る積極性だけを見るのではないことが分かります。粘り強く取り組んでいるか、そして、うまくいかないときに自分のやり方を見直しているか。それが「主体的に学習に取り組む態度」の中身です。
つまり、評価の観点としての「主体的」も、やはり「自分で見通し、調整する」という意味で使われています。
授業の中で、主体的な学びを生むには
では、授業の中で、子どもが主体的に学ぶ場面をつくるには、どうすればいいでしょうか。言葉の定義から考えると、ポイントは三つあります。
1. 目的を子どもと共有する
主体的な学びの出発点は、「何のために学ぶのか」が子どもに分かっていることです。
単元の最初に、「この単元が終わったら、こんなことができるようになります」とゴールを示す。あるいは、子どもが「やってみたい」「知りたい」と思う問いから単元を始める。目的が分かると、子どもは自分で見通しをもてるようになります。
2. やり方を選ぶ場面をつくる
全部のやり方を先生が決めてしまうと、子どもは自主的にはなれても、主体的にはなれません。
調べる方法を、本・インターネット・インタビューから選ぶ。まとめ方を、新聞・ポスター・スライドから選ぶ。一人でやるか、二人でやるかを選ぶ。選ぶ範囲は小さくてもかまいません。自分で選んだやり方には、子どもなりの責任が生まれます。
3. 振り返りを「次」につなげる
主体的な学びの最後の要素は、振り返って次につなげることです。
授業の終わりの振り返りで、「今日分かったこと」だけでなく、「次はどうしたいか」「うまくいかなかったことを、次はどう変えるか」を書く場面を入れます。これが、自分の学習を調整する力につながります。
教科ごとに見る「三つの違い」
同じ教科の中でも、自発的・自主的・主体的な姿は違って見えます。いくつかの例で並べてみます。
国語
- 自発的:物語を読んで続きが気になり、休み時間に同じ作者の本を図書室で借りてくる
- 自主的:先生に言われる前に、音読の宿題を毎日続けている
- 主体的:「この物語のおもしろさを友達に伝えるには、どの場面を紹介すればいいか」を考え、何度も本文を読み返して場面を選ぶ
国語で主体的な姿が見えやすいのは、読む目的がはっきりしているときです。「誰かに伝えるために読む」「自分の考えを確かめるために読む」という目的があると、子どもは自分で読み方を選ぶようになります。
算数
- 自発的:九九の表を見て「この列の数、全部偶数だ」と気づいて、おもしろがる
- 自主的:計算ドリルを、言われた範囲より先まで進める
- 主体的:文章題を解くときに、「図をかいたほうが分かりやすいか、表にしたほうがいいか」を自分で考えて選び、答えが合っているかを別の方法で確かめる
算数で主体的な学びを生むには、解き方を一つに決めずに、子どもが選べる余地を残すことがポイントです。「どの方法で解いてもいいです。終わったら、ほかの方法でも確かめてみましょう」と言うだけでも、子どもは自分のやり方を考えるようになります。
体育
- 自発的:休み時間に、授業でやった鉄棒の技を一人で練習している
- 自主的:準備運動を、先生の合図を待たずにグループで始める
- 主体的:「できない技を、どんな練習をすればできるようになるか」を考え、自分に合った練習の場を選んで取り組み、うまくいかなければ練習の仕方を変える
体育は、自分の課題を見つけて練習の仕方を選ぶ、という主体的な学びがとても見えやすい教科です。いくつかの練習の場を用意して、子どもに選ばせるだけで、子どもの動きが変わります。
学級活動
- 自発的:休み時間に、自分たちで新しい遊びのルールを考え出す
- 自主的:係の仕事を、言われなくても毎日続ける
- 主体的:学級の困りごとに気づき、それを学級会の議題として提案し、解決の方法を話し合って決め、実行したあとに振り返る
学級活動は、「何をするか」から子どもが決められる時間です。議題を子どもが出し、話し合って決め、実行して振り返る。この一連の流れが、そのまま主体的な学びになっています。
先生の言葉で変わる
子どもが主体的になれるかどうかは、先生の言葉にも左右されます。
「次は○○をしましょう」「ここに線を引きましょう」と、全部を指示で進める授業では、子どもは自主的にはなれても、主体的にはなりにくいものです。もちろん、指示は必要です。でも、その中に、子どもが自分で考えて決める言葉を少しだけ混ぜると、授業の空気が変わります。
たとえば、こんな言葉です。
- 「どの方法でやってみたいですか」
- 「何分あれば、できそうですか」
- 「うまくいかなかったら、どうしますか」
- 「今日のめあては、達成できましたか。次はどうしたいですか」
どれも、子どもに「決める」ことを求める言葉です。こうした問いかけが授業の中に一つ二つあるだけで、子どもは「自分の学び」として授業に向かうようになります。
混ざりやすいところ
「主体的」と「積極的」
「主体的」は、「積極的」とも混ざりやすい言葉です。積極的は、物事に進んで取り組む態度のことで、手を挙げる、発言する、前に出る、といった行動として表れやすいものです。
でも、主体的な子が、必ずしも積極的に見えるとは限りません。黙ってじっくり考え、自分のやり方を見直している子も、十分に主体的です。逆に、よく手を挙げる子が、何も考えずに思いついたことを言っている場合もあります。
授業を見るときは、外から見える積極性だけでなく、子どもが自分の学びを見通し、調整しているかどうかを見たいところです。
「子どもに任せる」と「放任」
主体的な学びを大事にしようとすると、「子どもに任せればいい」と考えてしまうこともあります。でも、目的もやり方も示さずに「自分でやってごらん」と言うのは、主体的な学びではなく放任です。
子どもが主体的に学ぶためには、目的が分かること、選べる範囲があること、振り返る場があることが必要です。それを用意するのは先生の仕事です。任せる部分と、先生が支える部分を分けて考えると、放任にならずにすみます。
よくある質問
低学年でも主体的な学びはできますか?
できます。低学年では、選ぶ範囲を小さくし、目的を分かりやすい言葉で伝えることがポイントです。「おうちの人に教えてあげよう」のように、相手と目的がはっきりしていると、低学年の子どもも見通しをもって取り組めます。振り返りも、「次はこうしたい」を一言で言えれば十分です。
主体的に取り組めない子には、どうすればいいですか?
まずは、自発的な興味の芽を見つけることから始めるとよいと思います。何に興味があるのか、どんなときに表情が変わるのかを見て、そこから学びにつなげる。興味が出てきたら、小さな選択の場面を用意する。いきなり主体的な学びを求めるのではなく、自発的、自主的、主体的と、少しずつ階段を上るイメージで関わると、無理がありません。
「主体的」を評価するとき、何を見ればいいですか?
手を挙げた回数や提出物の期限ではなく、粘り強く取り組もうとしているか、うまくいかないときに自分のやり方を見直そうとしているかを見ます。振り返りの記述で、「次はこうしたい」と書かれているかどうかは、手がかりの一つになります。
まとめ
自発的は、内からわき出る気持ちで動くこと。
自主的は、決まったことを、言われる前に自分から行うこと。
主体的は、目的をもち、やり方を選び、結果に責任をもって行うこと。
学校で言う「主体的な学び」は、「自分からやる」だけではありません。興味や関心をもち、見通しをもって粘り強く取り組み、振り返って次につなげる。学びの最初から最後までを、自分で見通し、調整していくことです。
明日の授業で、子どもが「選ぶ」場面を一つだけつくってみてください。小さな選択が、子どもの学びを「やらされる」ものから「自分のもの」へと変えていく、最初の一歩になります。


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