「いい授業でしたね」
研究授業のあとの協議会で、よく聞く言葉です。言われた側はうれしい。でも、ふと思います。何が「いい」んだろう。
子どもがたくさん発言したから? 先生の板書がきれいだったから? 時間どおりに終わったから? 見ていた先生が「なるほど」と思ったから?
授業を見る側になっても、同じ迷いがあります。今日の授業、よかったのか、よくなかったのか。よかったとしたら、どこが。それを自分の言葉で言えるかというと、案外むずかしい。
今回は、授業を評価することについて考えてみます。よい授業かどうかを、何で判断するのか。自分の授業にも、ほかの先生の授業にも使える「観点」を整理してみます。
「学習評価」と「授業評価」は別もの
最初に、言葉を整理しておきます。
学校で「評価」というと、ふつうは子どもの学習の評価のことを指します。3つの観点で、子ども一人ひとりの学習の状況をA・B・Cで見る。これについては、はじめての授業づくり #4 はじめての評価にまとめました。
今回扱うのは、それとは別の、授業そのものの評価です。子どもではなく、授業を評価する。この授業は、ねらいに向かってうまく組み立てられていたか。子どもにとって学びのある時間だったか。
ただ、この2つは、まったく無関係ではありません。授業がよかったかどうかは、結局、子どもがどれだけ学べたかに表れます。子どもの学習評価の結果は、授業評価の一番大事な材料です。「指導と評価の一体化」という言葉がありますが、子どもの評価を授業の改善に生かすという意味で、まさにここがつながっています。
よい授業の「ものさし」は1つではない
先に、一つ断っておきたいことがあります。
「よい授業」の答えは、1つではありません。
話し合いが活発な授業がよい授業だ、という人もいます。先生がしっかり説明して、子どもが確実に分かる授業がよい授業だ、という人もいます。どちらも、ある場面ではその通りです。
単元の最初の時間と、最後の時間では、よい授業の姿が違います。1年生と6年生でも違います。国語と算数と体育でも違います。そして何より、そのクラスの子どもたちが、今どこにいるかによって違います。
この連載でずっと書いてきたように、授業は、子どもと先生がそれまでに積み重ねてきた関係でできています。4月に話し合いがまったくできなかったクラスで、2月に子ども同士で5分間話がつながった。それは、ほかのクラスの見事な話し合いと比べれば地味かもしれません。でも、そのクラスにとっては、とてもよい授業です。
だから、授業を評価するときは、どこか遠くにある「理想の授業」と比べない。そのクラスの、その時間の、ねらいと子どもの姿で見る。これを前提にして、観点を考えていきます。
授業を評価する5つの観点
私が授業を見るとき、または自分の授業を振り返るときに使っている観点は、次の5つです。
- ねらいの達成:子どもはねらいに近づいたか
- 子どもの考えの変化:授業の前と後で、子どもの考えは変わったか
- 全員の参加:一部の子だけでなく、全員が考える時間があったか
- 先生の出と待ち:先生は、出るべきところで出て、待つべきところで待ったか
- 時間の使い方:45分の配分は、ねらいに合っていたか
順番に見ていきます。
観点1 ねらいの達成
一番大事な観点です。この授業のねらいに、子どもはどれくらい近づいたか。
前回の振り返りでも書きましたが、ものさしは先生の計画ではなく、ねらいと子どもの姿です。授業の最後に、子どもがどんな姿になっていればねらいを達成したと言えるのか。それを先に決めておきます。指導案があれば、本時の評価(「〜している」の形で書かれているもの)がそれにあたります。
そのうえで、実際に何人くらいの子がその姿に届いていたかを見ます。ノート、発言、振り返りの記述、適用問題の結果。全員を正確に数える必要はありません。「半分くらい」「ほとんど」「3分の1くらい」というざっくりした見当で十分です。
ねらいに届いた子が少なかったとしても、それだけで「悪い授業」とは言えません。そもそも、ねらいがこのクラスの今の姿に対して高すぎたのかもしれない。その場合は、ねらいの立て方を見直すことになります。
観点2 子どもの考えの変化
次に見るのは、授業の前と後で、子どもの考えが変わったかです。
授業の最初に、子どもはある考えを持っています。予想、思いこみ、なんとなくの理解。それが、45分の中で、友だちの考えに出会ったり、教材を読み直したりして、変わっていく。「はじめはAだと思っていたけど、〇〇さんの話を聞いて、Bだと思った」。この変化が、学びの中身そのものだと思っています。
逆に、授業の最初と最後で、子どもの考えがまったく変わっていなければ、その授業は「知っていることを確かめただけ」だったのかもしれません。それが目的の時間もありますが、多くの場合は、どこかで考えがゆさぶられる場面がほしいところです。
考えの変化を見るには、授業の最初と最後に、同じ問いに対する考えを書かせておくと分かりやすいです。まとめの型でいえば、「はじめの考えと比べる」です(「まとめ」と「振り返り」は別ものの型5)。参観者なら、第1回で書いた「1人を追う」見方で、その子の考えがどう変わったかを見ることができます。
観点3 全員の参加
3つ目は、全員が考える時間があったかです。
授業がうまくいっているように見えても、実は、発言しているのはいつも同じ5〜6人だった、ということがあります。残りの子は、その5〜6人の話を聞いていただけ。それでも、聞きながら考えていればいいのですが、聞いていなかった子もいるかもしれません。
見るのは、こういうところです。
- 一人で考える時間があったか。その時間に、全員が何かしら書けていたか。
- ペアやグループで話す時間があったか。黙ったままのペアはどれくらいいたか。
- 発言した子は、何人くらいか。いつも同じ子ではなかったか。
- 発言していない子の手元(ノート)には、何が書かれていたか。
「全員が発言する」必要はありません。でも、「全員が考える」時間はあってほしい。発言の数よりも、ノートに書かれていることのほうが、全員の参加を正確に表していることが多いです。
観点4 先生の出と待ち
4つ目は、先生の出方です。
授業の中で、先生が「出る」場面と、「待つ」場面があります。説明する、ヒントを出す、子どもの発言をつなぐ、まとめる。これが「出る」。発問して黙って待つ、子どもが話し合っている間は口をはさまない、子どもの言葉で言わせる。これが「待つ」。
よい授業は、この出と待ちのバランスがいい、と私は思っています。
出すぎると、子どもが考える時間がなくなります。先生がしゃべりすぎる、子どもの発言を先生がいちいち言い直す、子どもが迷っているとすぐに答えを言ってしまう。第4回で、自分の授業を録音して聞くと「思ったより自分がしゃべっている」ことに気づく、と書きました。まさにそれです。
逆に、待ちすぎても、子どもは迷子になります。話し合いが明らかにずれた方向に進んでいるのに放っておく、分からなくて止まっている子にヒントを出さない。待つことは大事ですが、待つだけでは授業になりません。
見るときは、先生が「出た」場面と「待った」場面をメモしておき、それぞれ、子どもの姿がどう変わったかを見ます。出たことで、子どもが動き出したか。待ったことで、子どもが自分たちで考えを深めたか。
観点5 時間の使い方
最後は、45分の時間の使い方です。
導入が長すぎて、展開が短くなっていないか。一人で考える時間が短すぎて、書けないまま話し合いに入っていないか。まとめと振り返りの時間が残っていたか。
はじめての授業づくり #3では、45分を「導入5分・展開30分・まとめ10分」で組む基本の形を書きました。もちろん、これは目安です。単元の最初の時間なら導入が長くなることもあるし、まとめをしない時間もあります。
大事なのは、時間の使い方が、ねらいに合っていたかです。ねらいが「自分の考えを書く」なら、書く時間が十分にとれていたか。ねらいが「友だちの考えと比べる」なら、比べる時間があったか。ねらいに一番関係する活動に、一番時間を使えていたかを見ます。
授業評価シートをつくってみる
5つの観点を、1枚のシートにしておくと、授業を見るときにも、自分の授業を振り返るときにも使えます。こんな形です。
| 観点 | ◎ | 〇 | △ | 根拠となる場面 |
|---|---|---|---|---|
| ねらいの達成 | ||||
| 子どもの考えの変化 | ||||
| 全員の参加 | ||||
| 先生の出と待ち | ||||
| 時間の使い方 |
ポイントは、一番右の「根拠となる場面」です。◎や△をつけるだけでなく、「〇〇の場面で、△△さんが〜と言っていた」のように、そう判断した場面を必ず書きます。
根拠のない評価は、ただの印象です。「よかった」「いまいちだった」で終わってしまいます。でも、場面が書いてあれば、あとで振り返ることができるし、協議会で話すこともできます。第2回で書いた3列メモの「見たこと」の列が、ここで生きてきます。
自分の授業に使うなら、毎回でなくていいので、単元の山場の授業や、気になった授業のときだけ書いてみてください。何回か書くと、自分の授業のくせが見えてきます。「全員の参加」がいつも△になっている、とか。それが、次に取り組むべきことです。
子どもに授業を評価してもらう
授業を評価するのは、先生だけではありません。子どもも、授業を評価できます。
学期の終わりや単元の終わりに、子どもにアンケートをとってみるのもいいと思います。たとえば、こんな質問です。
- この単元の授業で、一番「分かった!」と思ったのはいつですか。
- 一番むずかしかったのは、どこですか。
- 友だちの考えを聞いて、自分の考えが変わったことはありましたか。
- 先生の説明で、分かりにくかったところはありますか。
数字で答えさせるより、短い言葉で答えさせるほうが、授業の改善には役に立ちます。
ただし、子どもによる授業評価には、注意も必要です。子どもは、楽しかった授業を「よかった」と答えがちです。楽しいことは大事ですが、楽しいことと学びがあることは、必ずしも同じではありません。それから、先生に気をつかって、本当のことを書かない子もいます。
子どものアンケートは、先生の見方と比べる材料として使うのがいいと思います。先生は「この時間はうまくいった」と思っていたけど、子どもは「むずかしかった」と書いている。そのずれに、授業を見直すヒントがあります。
自己評価と他者評価をつきあわせる
自分の授業を評価するとき、一番むずかしいのは、自分では見えないところがあることです。
授業をしている先生は、子どもの全員を同時には見られません。自分の話し方のくせにも気づきにくい。そして、「うまくいってほしい」という気持ちがあるので、どうしても評価が甘くなったり、逆に厳しくなりすぎたりします。
だから、ときどき、ほかの先生に同じシートで評価してもらうのがおすすめです。自分で書いたシートと、見てもらった先生が書いたシートを並べてみる。
自分では「全員の参加」を〇にしていたのに、見ていた先生は△にしていた。理由を聞くと、「後ろの3人が、話し合いの間ずっと黙っていましたよ」。授業をしているときには、まったく気づいていなかった。こういうことが、よくあります。
逆に、自分では△だと思っていたところを、見ていた先生が◎にしてくれることもあります。「あの場面、先生が待ったから、〇〇さんが自分から話し出したんですよ」。自分では「待ちすぎた」と思っていた場面が、実はよかったのかもしれない。
自分の評価と、ほかの先生の評価のずれ。そこに、授業を見直すための一番の材料があります。
授業を評価するときにやりがちなこと
先生の技術だけで評価する。話し方、板書の美しさ、発問の言い回し。それも大事ですが、授業の評価の中心は、子どもの姿です。先生がどんなに上手でも、子どもが学んでいなければ、よい授業とは言えません。
ほかのクラスと比べる。「隣のクラスはもっと手が挙がっていた」。比べる相手は、ほかのクラスではなく、そのクラスの昨日、先月、4月です。
1回の授業だけで決めつける。授業は、単元の中の1時間です。今日うまくいかなくても、それが単元の中で必要な「つまずき」の時間だったかもしれない。1時間だけでなく、単元の流れの中で見ます。
評価して終わる。評価は、次の授業をよくするためのものです。◎△をつけて終わりではなく、前回の振り返りと同じように、「次はどうするか」を1つ決めるところまでやります。
おわりに
授業を評価することについて、まとめておきます。
子どもの学習評価と、授業の評価は別ものだけど、つながっている。よい授業の答えは1つではなく、そのクラスの、その時間の、ねらいと子どもの姿で見る。観点は、ねらいの達成、子どもの考えの変化、全員の参加、先生の出と待ち、時間の使い方の5つ。評価には必ず根拠となる場面を添える。子どもの声や、ほかの先生の評価とつきあわせて、自分では見えないところを補う。
「いい授業でしたね」と言われたら、ぜひ聞き返してみてください。「どの場面が、どうよかったですか」。その答えが、次の授業につながります。
次回は、協議会で何を話すかです。研究授業のあとの協議会で、見た授業をどう言葉にして返すか。今回の5つの観点も使いながら書いてみます。


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