「次期学習指導要領を読む」第17回です。調べ学習のまとめを読んでいると、どの子のノートにも同じ言い回しが並んでいる。よく見ると、検索結果のいちばん上に出てくるAIの要約そのままだった。そんな経験、ありますよね。
審議まとめは、国語におけるAIの扱いについて、次のような基本的な考え方を示しています。
- 生成AIを含むICTは、発達段階を踏まえつつ、教育活動のねらいに合う場合に活用することを原則とする
- 生成された出力も「比較・吟味の対象」であること、自分で考え、判断し、表現した内容を自分の言葉で説明し責任を持つことを基本に据える
- 要約する活動や、初発の思考を文章化する活動など、その単元で目標とする力の育成に直結する場面で、AIを不用意に使うことには慎重になる
- 評価では、情報の信頼性や妥当性を確かめたうえで、それを活用して自ら思考・判断・表現できているかという観点を、より一層重視する
「AIを使わせるか、使わせないか」ではなく、「この単元で育てたい力は何か。その力を育てる過程をAIに代わってもらっていないか」。国語の授業でAIと向き合うときの物差しが、かなりはっきり示されたと感じました。
審議まとめが見ている現実
検索結果のいちばん上の「AIによる要約」
国語の項目には、次のような記述があります。
ブラウザの検索結果の最上部にAIによる要約が表示される中、その内容を単純にコピー&ペーストして、十分な思考を働かせていない実態等も散見される。
思わずうなずいてしまう一文ですよね。調べ学習で、子どもが検索して、いちばん上に出てきたAIの要約をそのままノートに写す。あるいは、そのまま新聞やスライドに貼り付ける。これは、すでに多くの教室で起きていることだと思います。
多面的な情報収集が行われなくなっている
さらに審議まとめは、生成AIの飛躍的な発展に伴い、日々の情報収集もインターネットやSNSが中心となり、報道を含む多面的・多角的な情報収集が行われなくなってきている、とも書いています。
国語科では、話や文章から取り出した情報や既有の知識、事実を構造的に整理し、関係を明確にして考えをまとめたり深めたりする学習に、今も取り組んでいます。でも、情報との出会い方そのものが変わってきている中で、その学習の重要性はますます高まっている、ということです。
子どもの課題
全国学力・学習状況調査などからも、目的に応じて文章を読み自分の考えを持つこと、多様な情報や意見の妥当性・信頼性を確かめることに課題があり、情報社会で必要とされる「文章を読む力」や「情報を評価・熟考する力」が十分に身に付いていない、と指摘されています。
情報の扱い方は「二つの力」で
情報と情報の関係を吟味し整理する力
では、国語ではどんな力を育てればいいのでしょうか。審議まとめは、話や文章に含まれる情報の扱い方について、性質の異なる二つの力を、発達段階に応じて系統的に示す方向を打ち出しています。
一つ目は、情報と情報との関係を吟味し整理する力です。原因と結果、意見と根拠、共通点と相違点。複数の情報の関係を捉え、整理する力です。今の学習指導要領でも「情報と情報との関係」として示されている内容です。
情報の信頼性や妥当性を見極める力
二つ目は、情報の信頼性や妥当性を見極める力です。この情報は誰が、いつ、何のために発信したものか。根拠は確かか。ほかの情報と比べて食い違いはないか。AIやSNSの時代に、特に重要になる力です。

注記によれば、情報の扱い方については、小学校の「総合的な探究の時間・情報の領域」や中学校の「情報・技術科」でも検討が進んでいて、他教科との整理も含めて、今後扱いを整理するとされています。第25回で書く「情報の領域」とも関わる部分です。
AIを「使ってはいけない場面」
育てたい力に直結する場面では慎重に
とはいえ、「AIはどこまで使っていいの?」という線引きは、いちばん悩むところですよね。私が特に大事だと思ったのは、AIを不用意に使うことに慎重になるべき場面として、具体的な例が挙げられていることです。
- 文章の全体像を理解する力を育てるために、要約する活動
- 初発の思考を文章化する活動
- 文章を書くための構成を検討したり、情報を選択したりする活動
こうした活動に指導の重点を置く場合は、子ども自身が行うべき思考・判断・表現の過程が生成AIに代替されないよう、特段の留意が必要だ、とされています。
たとえば、説明文の要約の学習で、子どもがAIに要約させてしまったら、要約する力は育ちません。意見文の構成を考える学習で、AIに構成案を出させてしまったら、構成を考える力は育ちません。当たり前のことですが、その「当たり前」を学習指導要領のレベルで明確にしようとしている点に意味があると思います。
逆に、使ってよい場面もある
一方で、審議まとめは、ICTの活用は、話すこと・聞くこと、書くこと、読むことの活動で、子どもの特性に応じた学習を展開するうえで有効であり、多様性の包摂の観点からも重要だ、とも書いています。
その単元で育てたい力と直接関係しない部分では、AIやICTが子どもの学びを支えることもある。たとえば、自分が書いた意見文を読み上げ機能で聞き直して推敲する、AIが出した複数の要約を比べて「どれがよい要約か」を話し合う、といった使い方は、むしろ学びを深めるかもしれません。
「AIの出力も吟味の対象」という視点
AIを「正解」ではなく「材料」として扱う
審議まとめの「生成された出力も比較・吟味の対象である」という一文は、授業づくりのヒントになると感じました。
AIの出力を、正解として受け取るのではなく、吟味すべき「一つの情報」として扱う。これは、第2回で書いた「確かな知識」の考え方とも重なります。AIの答えが正しいかどうかを判断するには、自分の中に知識や読む力がなければなりません。
授業でのアイデア
たとえば、こんな活動が考えられます。
- 同じ説明文について、AIが出した要約と、自分の要約と、友達の要約を比べる。「どの要約が、筆者の言いたいことをいちばんよく表しているか」を根拠をもって話し合う
- 調べ学習で、AIの要約に書かれていることが本当かどうか、もとの情報源(発信者、発信時期)をたどって確かめる
- AIの文章のよいところ、物足りないところを指摘し、自分ならどう書くかを考える
こうした活動は、AIを使いながら、AIに頼らない力を育てる授業になると思います。
調べ学習の流れを見直してみる
それにしても、子どもはなぜコピペしてしまうのでしょうか。叱る前に、少し立ち止まりたくなります。AIの要約をコピペしてしまう背景には、調べ学習の課題の出し方もあるのかもしれません。「○○について調べてまとめよう」という課題だと、いちばん早く「まとめ」にたどり着けるAIの要約が、子どもにとって最も合理的な選択になってしまいます。
そう考えると、子どもだけを責めるわけにはいかないですよね。そこで、課題の出し方そのものを少し変えてみることを考えます。
「問い」から始める
「○○について調べよう」ではなく、「○○は本当に△△なのか」「なぜ○○は□□なのか」のように、子ども自身が答えを判断しなければならない問いから始める。問いがあれば、AIの要約は「答え」ではなく「材料の一つ」になります。
情報源を二つ以上比べることを条件にする
「必ず二つ以上の情報源を比べて、同じところと違うところを書こう」という条件をつける。本と、ウェブサイトと、AIの要約。三つを比べてみると、書かれていることが微妙に違うことに、子ども自身が気づきます。その「違い」こそが、情報の信頼性や妥当性を考えるきっかけになります。
「分かったこと」と「考えたこと」を分けて書く
まとめるときに、「調べて分かったこと」と「それについて自分が考えたこと」を分けて書くようにする。前者はAIや本から得られても、後者は自分の頭でしか書けません。評価の重点を後者に置けば、コピペだけでは課題が終わらなくなります。
これらは、審議まとめに書かれている方法ではなく、私なりのアイデアです。でも、「収集した情報の信頼性や妥当性を確かめた上で、それらを活用して自ら思考・判断・表現できているか」という評価の観点に沿って課題を組み立て直すと、自然とこうした形になるのではないかと思います。
評価の工夫
「自分の言葉で説明できるか」
評価では、収集した情報の信頼性や妥当性を確かめたうえで、それらを活用して自ら思考・判断・表現できているかという観点を、より一層重視することを当面の基本的な考え方とする、とされています。
第2回でも紹介しましたが、審議まとめの別の箇所では、AIに頼って自らの思考を経ていない成果物は通用しないような評価の工夫が喫緊の課題だとして、口頭試問の要素を取り入れることなどが例に挙がっています。
国語で言えば、書いた文章について「ここはどうしてこう書いたの?」「この根拠は、どこで見つけたの?」と聞いてみる。自分の言葉で説明できれば、自分の頭を通した文章だと分かります。説明できなければ、そこが指導のチャンスです。
手書きと書写は、引き続き大切に
小学校では手書きの書写を丁寧に
AIやタイピングの話ばかりではありません。審議まとめは、タイピングなどによる文字入力の機会が増える中でも、文字を正しく認識し正確に書く力を身に付けること、日本の文字文化について実感を伴って理解を深めることは重要だとして、小中学校での書写の指導を引き続き重視する、としています。とりわけ小学校では、手書きによる書写の丁寧な指導を推進する、と明記されています。
一方で、書字に困難さがある子については、デジタル学習基盤の活用や代替措置の積極的な提供を含め、一人一人の特性を踏まえて指導することを明確にする、とも書かれています。
ローマ字入力のタイピングは「情報の領域」へ
なお、ローマ字の学習は今までどおり国語で小学校3年生に行う一方、ローマ字入力によるタイピングは、「総合的な学習の時間・情報の領域」を中心に学習する方向です。
うまくいかないこともあります
とはいえ、AIとの付き合い方は、私たち教師自身もまだ手探りですよね。私もそうです。AIの進歩は速く、今日の「慎重にすべき場面」が、来年には変わっているかもしれません。審議まとめも、情報技術の変動性や陳腐化の可能性を踏まえた対応が必要だ、と書いています。
また、家庭でAIを自由に使える子と、そうでない子の差もあります。家で宿題をAIに手伝ってもらうことを、学校がすべて把握することはできません。だからこそ、「なぜ自分でやることに意味があるのか」を、子ども自身が納得できるように伝えていきたいと思っています。
おわりに 「読む力」は、AI時代の「身を守る力」
AIの要約は便利です。大人の私も、つい頼ってしまうことがあります。でも、その要約が正しいのか、偏っていないのか、大事なことが抜けていないのか。それを判断できるのは、自分で読む力を持っている人だけです。
国語で育てる「読む力」は、これからの時代、情報の海の中で自分の考えを持ち、だまされず、流されないための「身を守る力」でもあるのだと思います。AIの時代だからこそ、国語の授業の価値は、むしろ高まっている。審議まとめを読んで、そう感じました。
次回は、国語の最後として、「相手にどう受け取られるか」まで考えて書く、理由と根拠で意見を育てる国語について書きます。
参考にした資料
中央教育審議会 初等中等教育分科会 教育課程部会「次期学習指導要領等に向けた審議まとめ」(令和8年10月5日)


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