#34 特定の分野に特異な才能のある子への特別の教育課程 「困難」と「才能」の両方に目を向ける

教育の動き・学習指導要領

「次期学習指導要領を読む」第34回です。テストはいつも満点なのに、授業中はどこか退屈そうで、ときどき鋭すぎる質問で周りを驚かせる。そんな子を、どう受け止めればいいのか迷った経験はないでしょうか。

審議まとめは、特定の分野に特異な才能のある子ども(以下、審議まとめにならって「特才児童生徒」と書きます)に対して、必要な場合に「特別の教育課程」を編成できる仕組みを新しくつくる方向を示しています。その主なポイントは、次のとおりです。

  • 特才児童生徒は、才能に恵まれているだけでなく、学習上・生活上の困難を抱えやすい存在でもあると捉え、「困難の軽減・解消」と「才能の伸長」の両方を支援する
  • まずは通常の教育課程(1階)での支援を考え、それだけでは十分に支援できない子どもを特別の教育課程(2階)の対象にする
  • 特定の基準や数値で才能を定義して線引きすることはせず、学校や教育委員会が判断するプロセスを丁寧に整理する
  • 飛び級のような「完全早修」ではなく、本来の学年に在籍したまま、通常の教育課程での「拡充」を重視しつつ「部分早修」も取り入れる
  • 当面は義務教育段階(小学校・中学校など)を対象とし、令和10年度からの先行実施を可能とする

シリーズの最終回は、第21回の不登校の子どもと並んで新しく「2階」に加わる、特才児童生徒の話です。


特才児童生徒は「困難を抱えやすい」

才能があるから大丈夫、ではない

「才能がある子」と聞くと、学校で困ることはないだろう、とつい思ってしまいますよね。でも、審議まとめは、まったく違う見方を示しています。

特異な才能のある児童生徒はその才能や特性と環境との関係の中で、学習上・生活上の困難を抱えることが非常に多い。例えば、学習のレベルが合わず頻繁に教室で苦痛を感じていたり、言動が周囲の誤解を招いてしまい同級生や教師との人間関係構築が困難となったりして、学校に通う意義を見出せず不登校に陥ることもあり、適切な支援なしには、才能の伸長が阻害されるばかりか、将来への意欲や希望を失う結果にもつながりかねない。

授業が簡単すぎて退屈している。質問が鋭すぎて、周りから浮いてしまう。興味のあることには何時間でも集中できるのに、興味のないことにはまったく取り組めない。そうした子どもの姿を、私たちは「わがまま」「落ち着きがない」と見てしまっていないでしょうか。

注記には、困難は知能が標準から離れていることから生まれるもので、低い方に振れているだけでなく、高い方に振れている場合でも困難が生じる、という指摘も紹介されています。また、才能とともに発達障害などを併せ持つ場合(2E:Twice-Exceptional)もあること、才能ゆえの激しさや過興奮性を中心とした特性による行動が、誤って障害の枠組みだけで捉えられ、不適切な対応がなされる場合があるという指摘も書かれています。

「みんなで同じことを、同じように」

審議まとめは、我が国の学校では「みんなで同じことを、同じように」を過度に求める面が見られる中で、特才児童生徒への指導・支援の蓄積は不十分であり、不登校や通級指導、日本語指導が必要な子どもと比べても、支援の必要性が十分に認識されているとは言いがたい、と率直に書いています。


支援の三つの観点

では、どんな支援が考えられているのでしょうか。審議まとめは、特才児童生徒への支援の考え方を、次の三つの観点で整理しています。

  • 【A】困難の軽減や解消:才能に恵まれているだけでなく困難を抱えやすい存在であり、「多様性の包摂」の趣旨から、学習上・生活上の困難の軽減・解消を支援する
  • 【B】「好き」を育み「得意」を伸ばす:特定分野に特異な才能のある子どもは「好き」や「得意」が顕在化しやすく、その伸長を支援することが重要。それは、学校が「正解主義」や「同調圧力」への偏りから脱却するきっかけにもなる
  • 【C】個人と社会のウェルビーイング:本人の困難の軽減や自己実現を支えることを目的としつつ、学校を含む社会全体の活力や創造性の向上にもつながる

【B】の「学校が『正解主義』や『同調圧力』への偏りから脱却する契機」という言葉は、特才児童生徒のためだけでなく、全ての子どもにとっての学校のあり方を問い直すものだと感じました。第14回で書いた「『好き』を育み『得意』を伸ばす」という今回の改訂の大きな方向性が、ここにもつながっています。


制度の基本的な考え方

図1:特別の教育課程における「対象活動」のイメージ
図1:特別の教育課程における「対象活動」のイメージ。下の「1階」での工夫を前提に、「2階」の特別の教育課程で大学や博物館などでの「対象活動」を行うイメージです(出典:中央教育審議会 教育課程部会『次期学習指導要領等に向けた審議まとめ』(令和8年10月5日)第3部 資料編 p.1034[資料2-3 特才①])

1階での支援がまず先

新しい制度と聞くと、どの子が対象になるのか気になりますよね。まず大切なのは、全ての特才児童生徒を特別の教育課程の対象と考えるのではない、ということです。調整授業時数制度で生み出した「裁量的な時間」の活用を含め、他の子どもとともに学ぶ通常の教育課程(1階)での支援の可能性を検討したうえで、それだけでは十分に支援できない子どもを対象にする、とされています。

審議まとめは、特才児童生徒への支援は、通常の教育課程で、AIなどのデジタル技術も活用しながら異なる課題を与えるなどの学習指導上の工夫で、大きな効果を発揮することも多い、という指摘も紹介しています。

1階と2階が支え合う

第21回で書いた不登校の子どもの特別の教育課程と同じように、通常の教育課程での日常的な見取りや指導・支援の工夫と、特別の教育課程での高度な指導・支援が相互に関連することで、教師の子ども理解が深まり、知見が蓄積・共有されることが期待される、とされています。

「完全早修」ではなく「部分早修」

才能教育は、大きく「早修」(既存の教育プログラムを通常より速く、早期に履修する)と「拡充」(通常より体系的で深化した幅広い内容を学ぶ)に分けられます。さらに早修は、飛び級など上の学年に在籍する「完全早修」と、本来の学年にとどまりながら上の学年の内容を学ぶ「部分早修」に分けられます。

今回の制度は、飛び級のような完全早修ではなく、通常の教育課程での「拡充」を重視しつつ、部分早修も取り入れて支援を行う、とされています。特別の教育課程で行う高度な内容以外は、通常の教育課程で他の子どもと一緒に学ぶことが前提で、本来の学年に在籍し続けます。多様な子どもたちができるだけ一緒に学び合えるようにし、学校の包摂性を高めることが大切だから、と説明されています。

少しずつ、確実に

我が国の義務教育段階では、特才児童生徒への支援の取組は始まったばかりで、事例や知見の蓄積も相談支援体制の整備も途上です。そのため、本制度による支援を直ちに全ての学校に求めることは現実的ではないとして、まずは一定数の事例を創出し、成果と課題を踏まえて制度を改善しながら、徐々に事例を増やしていく、とされています。


「ラベル付け」をしない

才能を数値で定義しない

「才能がある」かどうかを、誰がどう決めるのか。ここは、多くの方が気になるところですよね。審議まとめは、非常に慎重な考え方を示しています。令和4年の有識者会議の審議のまとめを踏まえ、何らかの特定の基準や数値で才能を定義し、それに当てはまる子どもだけを「特異な才能のある児童生徒」として扱うことはしない、というものです。

その理由として、次のような懸念が挙げられています。

  • 特定の基準で選抜された子どもに特定のプログラムを提供することは、子どもをラベル付けすることになりかねない
  • 選抜のための過度な競争が生じたり、入学者選抜への活用など狭い範囲で才能が捉えられたりする弊害が生じるおそれがある
  • 線引きによって、特才児童生徒が同級生から異質な存在として捉えられ、学校が分断され、差別の対象になるおそれがある
  • 周囲の大人が才能を伸ばすことだけに注力し、本人が過度な期待を背負うことになりかねない

そのうえで、特別の教育課程の対象とすることは、学校や教育委員会として「特異な才能がある」ことを診断し、ラベル付けするものではなく、本人の意向を踏まえつつ、困難や才能の実態に応じた支援を提供することが適切と判断するもの、と位置付けることが適当だとされています。また、特別の教育課程の対象になった子どもだけが特才児童生徒である、という理解にならないことが重要だ、とも書かれています。

判断のプロセス

対象とするかどうかの判断は、たとえば次のようなプロセスで行うとされています。

図2:対象児童生徒の判断のプロセス(事例イメージ)
図2:対象児童生徒の判断のプロセス(事例イメージ)。小学4年生の事例で、学校と教育委員会、相談支援体制がアセスメントを行う流れが描かれています(出典:中央教育審議会 教育課程部会『次期学習指導要領等に向けた審議まとめ』(令和8年10月5日)第3部 資料編 p.1037[資料2-3 特才④])
  1. 学校生活全般の日常的な見取りを踏まえ、必要に応じて面談や心理検査などを行い、算数・数学や理科などの教科に関わる認知的な側面に着目しつつ、どんな学習上・生活上の困難が生じているかを整理する(心理検査は必須ではない)
  2. まずは通常の教育課程での指導の工夫や柔軟化を含めた支援の可能性を検討する
  3. そのうえで、本人が希望し実現可能な対象活動があるか、学習上の困難の軽減・解消が期待できるか、学級の友達や教師との関係づくりの観点から効果的か、といった観点から総合的に判断する

担任の「日常的な見取り」が、判断の出発点に位置付けられていることに注目したいと思います。


どんな学びができるのか

対象活動の例

特別の教育課程で行う、才能や特性に応じた高度な内容(「対象活動」)として、次のような例が挙げられています。

  • 部分的な上位学校種などに係る早修
  • 大学教員などの支援を得た発展的な課題を対象とする「マイ探究」
  • 大学の科目受講
  • 大学・研究機関や民間などが行うプログラムやコンテストへの参加と、それに関わる事前指導

対象活動を行う代わりに、相当する教科(「相当教科等」)の一部または全部を実施しないことができるとされています。総合的な学習の時間の一部や全部をあてることも想定されています。

実施の方法

実施の方法としては、たとえば、相当教科等の時間に、高校などに移動して授業を受ける、在籍校の余裕教室などでオンラインを使って大学や高校の授業を受ける、来校した大学教員などの授業を受ける、大学や研究機関、博物館などに移動して講義やプログラムを受ける、といった形が考えられるとされています。

いずれも、入試対策を助長しない運用とすることが前提だと、繰り返し書かれています。

包摂的な学級の風土

対象活動を行うにあたっては、特才児童生徒を含め、子どもたち一人一人の多様性が相互に認められる包摂的な学校・学級の文化や風土の醸成、特性などに係る理解の促進が必要だ、とされています。

「あの子だけ、大学に行っていてずるい」。そんな声が出ない学級をつくること。第31回で書いた合理的配慮の話と同じように、ここでも担任の学級づくりが大切になります。


担任の役割

評価は担任が行う

特別の教育課程で行う学習の評価は、学級担任や教科担任が行うことになります。対象活動を在籍校以外の機関で行う場合も多いため、指導計画をつくる段階で、在籍校と実施機関の間で、評価に必要な情報をどう共有するかを整理しておくことが望ましいとされています。論述やレポート、作品の提供を受ける、クラウドで学習状況を記入してもらう、面談で情報を受け取るなど、多様な情報共有のあり方が「運用の手引き」で例示される予定です。

相談支援の体制

教師や学校だけで判断や計画作成を行うのは難しいため、知見を持つ複数の大学などで構成する相談支援プラットフォームや、都道府県教育委員会による相談支援担当の設置など、相談支援体制の構築が極めて重要だとされています。計画作成の負担軽減のために、相談支援で生成AIを補充的に活用することも検討すべきだ、とも書かれています。

教員の研修も

教員養成部会の議論では、全ての教職課程で学ぶべき内容として「教育における多様性の包摂」が追加され、「特異な才能のある児童生徒の才能の伸長と困難の軽減」が専門性の例として挙げられている、とも紹介されています。現職教員向けの研修の充実も検討するとされています。


私が今から試してみたいこと

1. 「困った行動」の奥に「才能」がないか考える

授業中に退屈そうにしている、一つのことにこだわって先に進めない、大人びた質問で周りから浮いてしまう。そうした姿の奥に、特定の分野への強い興味や高い能力が隠れていないか、一度立ち止まって考えてみる。第31回で書いた「困難さの状態」の奥にある「要因」を見る、という視点は、ここでも大切です。

2. 通常の授業の中で「深める課題」を用意する

早く終わった子に「もう一問」ではなく、「もっと深く考える問い」や「別の方法で解いてみる課題」を用意してみる。端末を使えば、一人一人に違う課題を出すことも、以前よりずっと簡単になりました。「1階」での支援は、こうした工夫から始められるのではないかと思っています。

3. 「好き」を学級で認める

昆虫に詳しい子、歴史にのめり込んでいる子、プログラミングに夢中な子。その子の「好き」を、学級の中で紹介し、認め合う。それぞれの「好き」が尊重される学級は、特才児童生徒にとっても、全ての子どもにとっても、居心地のよい場所になるはずです。


気になるところもあります

一方で、この制度がどこまで広がるかは、相談支援の体制や実施機関の確保にかかっていると思います。大学や研究機関が近くにある地域とそうでない地域で、支援に差が出るかもしれません。オンラインの活用がその差を埋める鍵になりそうです。

また、「ラベル付けをしない」という考え方には深く共感する一方で、実際の運用で、保護者の過度な期待や、周囲の子どもたちとの関係にどう配慮するか。これは、制度だけでは解決できない、学校と学級の日々の営みに委ねられる部分だと思います。


おわりに そして、シリーズを終えて

「才能があるから、放っておいても大丈夫」。そう思われがちな子どもたちが、実は教室で苦しんでいることがある。審議まとめのこの章は、そのことに改めて気付かせてくれました。

34回にわたって、次期学習指導要領に向けた審議まとめを、小学校の担任の目線で読んできました。最後に改めて感じるのは、この審議まとめが一貫して「多様な子どもたち一人一人」を見つめようとしている、ということです。不登校の子、障害のある子、外国につながる子、特異な才能のある子。そして、教室にいる全ての子。

「みんなで同じことを、同じように」から、「一人一人が違うことを前提に、共に学ぶ」へ。その転換は、制度や学習指導要領の文言だけでは実現しません。目の前の子どもの姿を丁寧に見取り、その子の「困難」と「好き」の両方に目を向けること。そして、違いが尊重される学級をつくること。それは、私たち担任が毎日の教室で積み重ねていくことなのだと思います。

ここまで読んでくださって、ありがとうございました。答申、そして告示に向けて、これからも動きを追いながら、教室から考え続けていきたいと思います。


参考にした資料

中央教育審議会 初等中等教育分科会 教育課程部会「次期学習指導要領等に向けた審議まとめ」(令和8年10月5日)

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