「次期学習指導要領を読む」第2回です。「AIがあるのに、どうして覚えなきゃいけないの?」。そう聞かれると、言葉に詰まってしまいませんか。
審議まとめは、「AIがあるから知識はいらない」という考えを、はっきり否定しています。価値が下がったのは知識そのものではなく、「意味の分からない丸暗記」や「知識の量だけを競うこと」のほうだ、というのが審議まとめの整理です。
そして、これからの学校で身に付けたいのは、自分の体験や言葉としっかり結びついた「確かな知識」だと書かれています。この「確かな知識」という言葉は、AIの時代に授業をどうつくるかを考えるうえで、とても使える物差しになると感じました。
「AIに聞けばいいじゃん」と言われたら
子どもの素朴な疑問は、まっとうな問いでもある
調べ学習をしていると、子どもから「先生、それAIに聞けば一瞬で分かるよ」と言われることが増えてきました。漢字の読み方も、歴史の年号も、理科の用語も、端末で聞けばすぐに答えが返ってきます。
こう言われると、とっさに何と返せばいいか、迷いますよね。正直なところ、私もうまく返せませんでした。「覚えておくことも大事だよ」と言っても、どこか説得力がありません。子どもにとっては、もっともな疑問だと思います。
審議まとめも、この問題を正面から取り上げています。AIが質問に応じ、情報を整理し、解決策まで提案してくれる時代になって、「知識を習得する重要性が下がってきた」「子どもが知識の重要性を実感しにくい」という指摘が出てきている、と書いているのです。だからこそ、「AI時代に人間が知識を持つ意義を改めて整理しておく必要がある」として、4つの理由を挙げています。
審議まとめが挙げる「知識を持つ4つの意義」
1. AIに問いを出すのは人間だから
一つ目は、AIを動かすための指示や問いは、人間が出す必要があるということです。そして、その問いは、その分野についての一定の知識がなければ生み出せません。
審議まとめには、「いわゆる『壁打ち』にしても、AIが出力したアイデアを人間が理解できなければ機能しない」とも書かれています。何も知らない人がAIに質問しても、返ってきた答えの意味が分からなければ、次の質問ができません。
星の名前を一つも知らない子が「星について教えて」とAIに聞いても、返ってきた説明はなかなか頭に入ってきませんよね。
2. AIの答えが正しいかを見極めるのは人間だから
二つ目は、AIが処理した情報の正しさや妥当性を見極めるには、知識の土台が必要だということです。
さらに、AIの提案を参考にしながらも、責任を持って判断し決めるのは人間の役割であり、そのためには社会的な適切さや倫理面も含む豊かな知識が必要だ、と続きます。
3. 分断の時代に、自分の人生を舵取りするため
三つ目は、メディアや報道もAIのアルゴリズムの影響を受けつつある中で、社会の分断の危険性が指摘されているという点です。自分の人生を舵取りし、社会の一員としての責任を果たすためには、AIの基本的な仕組みや、AIが人間の認知に与える影響、メディアリテラシーを含めた知識の基盤が大切だ、としています。
4. 知識がなければAIを制御できないから
四つ目は、知識がなければ、人間は責任を持ってAIを制御したり、管理したり、発展させたりできなくなるという点です。
そして、先人が積み重ねてきた「知の体系」を、発達段階を踏まえて次の世代に引き継ぎ、さらに発展させていくことは「学校教育の不易」だ、と結ばれています。
価値が下がったのは「知識の使い方」のほう
では、結局のところ、何の価値が下がったのでしょうか。この4つを受けて、審議まとめは次のように整理しています。
AIの発展により、知識そのものの価値が下がったというのは適当ではなく、意味理解を伴わない丸暗記や、定型的な知識の当てはめ、知識の量だけを過度に競うような評価の在り方等の価値が一層低下したと捉えるべきである。
この一文を読んだとき、子どもへの答え方が少し見えた気がしました。「AIがあるから覚えなくていい」のではなく、「AIがあるからこそ、意味の分かる知識が必要になる」。そして、「ただ覚えるだけの勉強」の意味は、たしかに小さくなっている。この両方を、子どもに正直に伝えていいのだと思います。
「確かな知識」とは何か
知識と知識がつながって、使える形になったもの
知識が大事だということは分かっても、どんな知識でもいい、というわけではなさそうですよね。では、これから身に付けたい知識とはどんなものでしょうか。審議まとめは、それを「確かな知識」と呼んでいます。

説明を私なりに分けてみると、次のような過程を通して身に付いた知識のことです。
- 意味を理解し、自分の言葉で表す(外化する)ことを通して身に付ける
- 知識と知識をつなげて、頭の中で構造化する
- 共通点や原理・原則を見いだして、一般化する
- その過程で、好奇心や問題意識が育つ
- 社会や世界を「解像度高く」理解し、現実の課題の解決に使える形に磨いていく
つまり、「確かな知識」とは、一つ一つの知識がばらばらに頭に入っている状態ではなく、つながり合って、ほかの場面でも使える状態になっている知識のことです。
「記号接地」という言葉
審議まとめには、「確かな知識」とは「認知的な努力を通じて身体化(記号接地)された知識でもある」という説明もあります。
「記号接地」。初めて見ると、ちょっと身構えてしまう言葉ですよね。私も調べるまで意味が分かりませんでした。もともとは認知科学の言葉です。言葉(記号)が、実際の体験や感覚と結びついて、意味を持つようになることを指します。たとえば、「1リットル」という言葉を知っているだけの状態と、実際に牛乳パックに水を入れて量った経験がある状態とでは、同じ「1リットル」でも重みがまったく違います。
「1リットルってどれくらい?」と聞かれて、手で大きさを示せない子は、案外多いですよね。
AIは、言葉と言葉の関係から答えをつくることは得意です。でも、子どもが自分の手で量り、自分の目で見て、自分の言葉で説明した経験は、AIに代わってもらうことができません。審議まとめが「記号接地」という言葉をわざわざ使っているのは、この点を強調したいからだと私は受け取りました。
授業で「確かな知識」を育てるには
体験と言葉をつなぐ時間をとる
では、授業の中でどんなことができるのでしょうか。私がまず大切にしたいと思っているのは、体験と言葉をつなぐ時間です。教科書の用語を覚える前に、実物に触れたり、実際に量ったり、比べたりする。そのうえで、「今のは、教科書でいうと何のことかな」と言葉につなげる。
これは新しい方法ではありません。むしろ、多くの先生がこれまで大切にしてきたことです。ただ、時間に追われて「とりあえず用語を押さえておこう」となりがちな場面こそ、立ち止まる価値があると思います。
「外化」の場面を意識してつくる
審議まとめは、書く・話すといった活動を通して、理解したことや考えたことを表す「外化」によって、自分の頭の中で意味理解をつくっていくことを重視しています。
同時に、外化は、読む・聞くといった「内化」と行き来することで可能になるもので、内化を軽く見ているわけではない、とも書かれています。問題なのは、情報の詰め込みや単純な暗記といった「表層的な内化」に偏ることだ、という整理です。
授業の中では、たとえば次のような場面が「外化」にあたります。
- 学んだことを、隣の人に1分で説明する
- 「つまり、どういうこと?」を自分の言葉でノートに書く
- 図や絵にかいて表す
- 前の単元で学んだことと、どこが同じでどこが違うかを話し合う
AIを使うなら「省略してはいけない過程」を決めておく
審議まとめは、AIの活用そのものを否定していません。学習の中での効果的な活用も期待される、としています。
ただし、繰り返し出てくるのが「学習過程の省略」への注意です。AIの出力をそのまま使うことで、自分で考える過程が抜け落ち、意味理解をあきらめてしまう弊害がある、と指摘しています。いわゆる「認知的オフロード」が過度になる、という表現も使われています。
総合的な探究の時間の項目では、さらに踏み込んで、一見高度に見える探究でも実際には力が育っていない「偽の熟達(false mastery)」というおそれにも触れています。そのうえで、AIを使う場合に重視したいこととして、次のような点が挙げられています。
- 試行錯誤の履歴としての思考・判断の変遷や、他者との議論・吟味などの「プロセス」
- 成果の要点をその場で説明し、質問に答えられる「口頭での表現」
- 現場体験、他者との協働、実験、観察など、AIに代わりにくい経験
- AIを使うときに、自分の成長に自覚的であること
これは、小学校でもすぐに取り入れられる視点だと思います。たとえば、調べ学習でAIや検索を使った後に、「調べたことを、何も見ないで友達に説明してみよう」という時間をとる。説明できなければ、まだ自分の知識になっていない、ということを子ども自身が実感できます。
「AIの要約をコピペ」は、評価の問題でもある
審議まとめは、デジタル学習基盤について書いた箇所で、もう一歩具体的な課題にも触れています。検索結果のいちばん上にAIによる要約が表示され、その内容を単純にコピー&ペーストしている子に対して、適切な指導がされていない実態がある、というのです。
そのうえで、収集した情報の信頼性を確かめる技能を高めることに加えて、「AIに頼って自らの思考を経ていない成果物は通用しないような評価の工夫」が喫緊の課題だ、と書いています。例として挙げられているのは、口頭試問の要素を取り入れることや、端末でテストをするときにブラウザを閲覧できないようにするソフトウェアを使い、自分の考えを根拠をもって書かせることです。
小学校で言えば、まとめの新聞やスライドを提出させて終わりにするのではなく、「この部分、どうしてこう書いたの?」と一言聞いてみる。それだけでも、子どもが自分の頭を通したかどうかは、かなり見えてきます。評価の工夫は、そのまま「確かな知識」を育てる指導の工夫でもあるのだと思います。
子どもに、どう話すか
「AIに聞けばいいじゃん」への返し方
最初の場面に戻ります。子どもに「AIに聞けばいいじゃん」と言われたとき、今の私なら、こんなふうに返してみたいと思っています。
「そうだね、AIはすごく物知りだよね。じゃあ、AIが間違ったことを言っていたら、どうやって気づく?」
この問いに、子どもはたいてい少し考え込みます。そこで、「自分が少し知っていると、『あれ、おかしいな』って気づけるよね。知っていることが多いほど、AIを上手に使えるんだよ」と続けます。審議まとめの一つ目と二つ目の意義を、子どもの言葉に置き換えたものです。
「覚える」と「分かる」の違いを体験させる
言葉で説明するよりも、体験してもらうほうが早いこともあります。たとえば、ある用語の意味をAIや辞書で調べたあと、「じゃあ、それを使って一つ例をつくってみて」と投げかけてみる。調べただけの状態では、例をつくるのはなかなか難しいものです。
例がつくれない、説明できない、ほかのことと比べられない。そういう体験をしたとき、子どもは「知っている」と「分かっている」の違いに自分で気づきます。そこから、「じゃあ、どうしたら分かるようになるかな」という話ができると、知識を学ぶ意味が子ども自身のものになっていくのではないかと思います。
保護者に聞かれたときにも
保護者から「これからの時代、勉強して覚えることに意味はあるんですか」と聞かれることもあるかもしれません。そのときにも、審議まとめの整理は使えます。「意味の分からない丸暗記の価値は下がっています。でも、意味が分かって使える知識は、AIの時代だからこそ大事になっています」。この二つをセットで伝えると、学校で何を大切にしているのかが伝わりやすいと思います。
うまくいかないこともあります
ここまで読んで、「理想は分かるけれど、そんな時間はない」と感じた方も多いですよね。私もそう思いました。「確かな知識」を大切にしようとすると、時間がかかります。体験をして、言葉にして、つなげて……とやっていると、教科書の進度が心配になることもあります。
ここで思い出したいのが、第1回で書いた「手放せるもの」です。審議まとめは、教科書の内容を精選し、教科書を網羅的に教えることから脱却する方向を示しています。すべての用語を同じ重さで扱うのではなく、「この単元で本当につなげたい知識はどれか」を見極めることが、これからますます大事になるのだと思います。
また、子どもによっては、AIを使ったほうがよく理解できる場面もあるはずです。読むことが苦手な子にとって、AIに分かりやすく言い換えてもらうことは、学びへの入り口になるかもしれません。AIを使うか使わないかの二択ではなく、「この子にとって、どの過程を自分でやることに意味があるか」を考える。そのさじ加減は、教室の子どもを知っている担任にしかできない仕事です。
「知っている」と「分かっている」のあいだ
AIが何でも答えてくれる時代に、子どもに知識を教える意味は何か。審議まとめを読んで、私の答えは「知っている」と「分かっている」のあいだを埋めることだ、と考えるようになりました。
言葉を知っているだけなら、AIで十分です。でも、その言葉が自分の体験とつながり、ほかの知識とつながり、自分の言葉で説明できるようになったとき、それは子どもにとっての「確かな知識」になります。その過程に寄り添うことこそ、これからの教師の大切な役割なのだと思います。
次回は、審議まとめの中でも特に分かりにくい言葉、「統合的な理解・総合的な発揮」について書きます。「深い学び」がなぜずっとつかみにくかったのか、という話から始めます。
中央教育審議会 初等中等教育分科会 教育課程部会「次期学習指導要領等に向けた審議まとめ」(令和8年10月5日)


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